【第5期】卒業研究発表会

第5期のみなさんへ

卒業研究発表会の日程は以下の通りとします。ただし、日程変更になる可能性があります。その場合はブログでお知らせしますので、1月7日(月)の13時にブログをチェックしてください。

※ 以下の日程では都合が悪い場合は、1月6日までに矢次にメールで知らせてください。(1月7日の正午頃に矢次が確認の返信をします)
※ 発表の仕方はいつもの通りです。
※ 1月10日および24日に内容や形式についての個人指導をします。発表日に関わらず、10日と24日の4限目と5限目は予定を入れないようにしてください。進路の関係で都合が悪い人は応相談。

1月10日
前田
松浦
村上
矢原

1月24日
横井
石田
羽藤

以上、どうぞよろしくお願いします。

【第6期】2018年12月19日のゼミ日誌

今回の日誌当番は、宇佐美さんです。

===ここから===

今週のゼミは、今年最後のゼミでした。授業の最初に、来年に読む本を決めました。E.M.フォースタ―の『眺めのいい部屋』になり、私はまだ読んだことがないのでどんな話か読むのが楽しみです。小説について深掘りするのもそうですが、E.M.フォースターについてもまた、小説を通して理解を深めていくことも楽しみです。

 授業の本題の、『天使も踏むを恐れるところ』の発表は横田さん、宇高さん、巨島さん、浜崎でした。まず横田さんの発表では、タイトルに惹かれました。「赤ん坊は誰の手に渡るのが幸福なのか」という誰にでも思いつかないタイトルで、どんな内容なんだろうと発表を聞く前から楽しみでした。ヘリトン家かアボット嬢かジーノとその婚約者に育てられるとしたら赤ん坊はどう育つか、それぞれ考えられていました。登場人物のキャラクターも踏まえながら考えられていて、例えばヘリトン家に育てられるとすると、ヘリトン夫人の世間体を気にする性格、ハリエットの愛国心から、赤ん坊はイギリス人の型にはまって生きていくことになる。このように推測しながら内容を深めていくのも面白いなと思いました。
 次に宇高さんの発表では「イタリアを訪れた登場人物たちの成長」でした。イタリアを訪れたリリア、ハリエット、フィリップ、アボット嬢だったが、この4人の中で成長が見られた2人、見られなかった2人と、一人一人まとめられていました。また、先週矢次先生が言われていた「イタリアが開放的か」に対して、男性にとっては開放的だけれど、イギリス人のリリアなど、女性にとっては周りの物に縛られるからそうではないと、男目線と女目線でまとめられていて分かりやすいなと感じました。
 さらに巨島さんは小説を通して作者が伝えたかったことについて発表してくれました。登場人物から見てのイタリア感で、リリアだと、初めは結婚後の家の主導権は自分にあると思っていたけれど、次第にジーノとの価値観の違いが明確になり地獄の日々が始まることや、逆にイタリアを訪れたが信仰心が強く愛国者であるハリエットは、イタリアの影響を受けることがなかったなど、登場人物を比較するのが面白かったです。そして巨島さんの発表を聞いていて、最初から話の軸がぶれていなくて理解しやすいなと感じました。
 最後の浜崎さんはイギリスの中産階級についての発表でした。一番印象に残っている場面が、アボット嬢についてです。一生懸命に慈善活動をしているが、容姿にも物腰にも若々しさが感じられないアボット嬢だが、イタリアへ行くことについては彼女なりの思いがあったのかに対して、私自身もあまり口には出さないが強い思いを持っていることがよくあるので共感しました。

 後期で『天使も踏むを恐れるところ』を読み、みんなで深掘りをしてみて、やはり一人で考えるより多くで考えたほうが様々な発見が見つかって面白いなと感じました。またみんなで授業を受けるのが楽しみです。来年もよろしくお願いします。

===ここまで===

難しい箇所も多々ありましたが、一通り終わってみれば、面白かったですね。来年度『眺めのいい部屋』を読んだ後で、『天使を踏むを恐れるところ』を読み返してみると、新たな点に気づくのではないかと思います。

【第6期】2018年12月12日のゼミ日誌

今回の日誌当番は、渡辺さんです。

===ここから===

12月12日は、『天使も踏むを恐れるところ』についての発表二日目でした。今回は日野君、山本さん、白田さん、武田さんの発表です。

まず、日野君が「理想像からみる『天使も踏むを恐れるところ』の主題」というテーマで発表してくれました。フィリップ、ジーノの抱く理想の女性像や、その理想と現実が起こしたギャップに着目して纏められていたので、どうしてリリアとジーノが上手くいかず破滅してしまったのか、理解しやすかったです。また、タイトルの考察も興味深く、登場人物それぞれから見た「愚か者」を考えるのも面白いなと思いました。

山本さんは「『天使も踏むを恐れるところ』から見えるフィリップの心情変化」というテーマでの発表でした。フィリップのイタリアへの感情の変化、そしてアボット嬢への思いの変化について纏められており、場面ごとにフィリップが何を感じ、どのように変わっていったのかを順に見ていくことができました。「恋というものを知らないゆえに、アボット嬢への恋心を崇拝として消化している」という考察が印象的でした。

次は白田さんの「『天使も踏むを恐れるところ』におけるフィリップのイタリア観について」という発表でした。参考文献による引用が登場人物たちの行動の裏付けになっていて、彼らが作中でなぜそのような言動をしたのかをより理解できるようになりました。物語の序盤におけるフィリップのイタリア観は観念的なものであり、それがどのように変わっていくか、何がきっかけにして変わったのかを突き詰めて考えていくのも面白そうだなと思います。

最後の武田さんは、「『天使も踏むを恐れるところ』に見るオペラ鑑賞」というテーマで発表してくれました。作中における「オペラ鑑賞」は非常に重要な物語の分岐点であり、この発表ではオペラ鑑賞によって変化した登場人物について詳しく考察されていました。フィリップ、ハリエット、そしてアボット嬢のオペラ鑑賞の仕方が、そのまま彼らのイタリアに対する感情を表しているように思え、この場面ではとても考えさせられました。

次回は『天使も踏むを恐れるところ』に関しての発表最終日です。それぞれの発表で学ぶことや気づくことも多く、発表を通して自分の考えをもう一度冷静に見つめ直し、レポートに活かしていきたいと思います。

===ここまで===

理想と現実、イギリスとイタリア、男と女というような対比が面白い発表でした。残りの発表も楽しみです。

【第6期】2018年12月5日のゼミ日誌

今回の日誌当番は、宇高さんです。

===ここから===

今日12月5日は、『天使も踏むを恐れるところ』の1回目の発表でした。今回は、主に登場人物の心情の変化や成長に関する発表と、結婚に関する発表でした。

まず、2名の方が、フィリップやアボット嬢の心情変化や成長について発表してくれました。もともとの性格と、変わるきっかけになった出来事、また、どのように内面が変化したのかが、研究・分析されていました。私が発表する予定の内容と似ている部分もあったので、考えが流されないように、と思いながら聞きました。「アボット嬢は開放的なイタリアに触発されたから考え方が変わった」という意見に対する、「イタリアは本当に開放的だったか」という矢次先生の投げかけが心に残っています。確かに、イタリアの人々も体面を気にしていました。さらに深く考えたい題だと思い、研究のヒントになりました。

次に、3名の方が結婚に関する発表をしてくれました。当時の、格差婚や国際結婚に対する一般的な考え方や、そういった結婚をすることによる問題点を挙げ、それらを踏まえての、リリアとジーノの結婚についての研究でした。リリアとジーノは、国籍の違いや、階級の違いを飛び越えて結婚しました。しかし、すぐにうまくいかなくなりました。リリアはイギリスを忘れてイタリア女になることはできず、ジーノはイタリア男としてリリアと接し続けました。2人はお互いに、染みついた自国の文化を忘れることも、相手の国の文化に歩み寄ることも出来なかったのだと思います。

今回の発表では、発表の仕方やパワーポイントの作り方など、参考にしたい点が多くありました。一方で、発表の構成の仕方が良くなかったり、『天使も踏むを恐れるところ』との関連性が薄い研究になっていたりと、改善点も多くみられました。私は、発表が後の方なので、見つかった改善点などを参考にし、自分の発表をよりよいものにしなければならないと思いました。

===ここまで===

E・M・フォースターが本当にイタリアを理解して小説を書いているかどうかがそもそも疑問なのですが、イタリアは開放的という思い込みに対して彼が疑問を投げかけているのは確かだと思います。特にリリアを見ていると。

【第6期】2018年11月28日のゼミ日誌

今回の日誌当番は、横田さんです。

===ここから===

今回は映画Where Angels Fear to Treadを鑑賞しました。
この映画の日本語タイトルは『天使も許さぬ恋ゆえに』となっていて、『天使も踏むを恐れるところ』と比べると少しロマンチックな感じになっています。

本編は原作を読んでいないと内容が分かりづらいと感じるほど展開が速く、テンポよく物語が進んでいきます。今まで表情や言葉の抑揚、街並みなど、すべて想像しながら原作を読んでいたので映画を鑑賞することによってより明確にイメージをつかむことができました。

原作では物語の終盤で突然気が狂ったように描かれていたハリエットですが、映画では徐々に追い詰められて情緒が不安定になっていく様子がうかがえて、原作では少し不自然に感じた部分が自然に描かれていたと思います。
また、赤ん坊を連れて帰ることを諦めイギリスへ帰るためイタリアのホテルを去る直前のシーンで、ハリエットがベッドの下に隠した聖母マリアが描かれた絵画をフィリップが踏み壊してしまう、という場面がありました。私はその絵画から聖母マリアの姿をはっきりと見ることはできなかったのですが、聖母マリアは赤ん坊を抱いているイメージがあるので、その絵画が壊れてしまう=赤ん坊の死、をここで連想させていたのではないかと思います。

後味が悪く物語を終えた原作ですが、映画はハッピーエンド風に話を終えていて、強引にいい方向に持っていったという印象でした。どのような終わりかたがしっくりくるのか考えがつかない難しい物語だと映画を鑑賞して改めて思いました。

次回から発表がはじまります。今回の映画鑑賞も発表の際の参考にできたらと思います。

===ここまで===

約2時間の限られた時間に作品を閉じ込めるとこういう感じになるかな、というところでしょうか。雰囲気は伝わりますね。ただ、『天使も許さぬ恋ゆえに』という邦題はどうかと思いますが…。

【第6期】『天使を踏むを恐れるところ』発表日程

『天使も踏むを恐れるところ』発表日程は以下の通りです。

※ みなさんが送ってきたものをそのまま貼り付けていますが、『  』の使い方や、タイトル間違いがあるようです。気を付けましょう。

12月5日
「『天使は踏むを恐れるところ』における登場人物の心情変化」(渡辺)
『天使も踏むを恐れるところ』から見たアボット嬢の心の成長について(小松)
『天使も踏むを恐れるところから見る結婚観』(宇佐美)
『天使も踏むを恐れるところ』からみる格差婚について(樫本)
天使も踏むを恐れるところからみる国際結婚(名本)

12月12日
『天使も踏むを恐れるところ』に見る女性像(日野)
「物語中のフィリップの心情の変化」(山本)
フィリップのイタリア観について(白田)
『天使も踏むを恐れるところ』に見るオペラ鑑賞(武田)

12月19日
『天使も踏むを恐れるところ』におけるイギリスとイタリアの対比(横田)
「『天使も踏むを恐れるところ』にみられるイタリアでの成長」(宇高)
『天使も踏むを恐れるところ』から見るイタリア(巨島)
『天使も踏むを恐れるところ』におけるイギリス中産階級(濱崎)

※ 15分以上20分以内
※ レポートにつながる発表にすること(よいレポート例を参照)
※ 証拠を引用すること(レジュメには省略なく記すこと、またページ数を明記すること)
※ 『天使も踏むを恐れるところ』以外に参考文献を挙げ、その文献のどこを参考にしたのかを明示すること

【第6期】2018年11月21日のゼミ日誌

今回の日誌当番は、山本さんです。

===ここから===

今回はP.101の宇佐美さんの担当箇所からです。

物語も終盤に差し掛かりました。
赤ん坊を取り戻すためにジーノ宅に訪れたアボット嬢でしたがジーノの赤ん坊への愛情を目の当たりにして赤ん坊を取り返すのを諦めてしまう。
赤ん坊を取り戻すという目的が同じなアボット嬢の裏切りに憤慨するハリエット。フィリップはハリエットに彼女は力になるから仲良くすべきだと説くフィリップ。
教会でアボット嬢はフィリップに赤ん坊を取り戻すことはしないがフィリップとハリエットの邪魔もしないという。しかし母親の言いなりなフィリップに対し自分の意思で動くべきだと言ったアボット嬢でしたがその言葉は響かなかった。
激しくなる雨の中なかなか帰ってこないハリエットからの手紙を受け取りフィリップは指示通り馬車を出す。
暗闇の森の中走る馬車は先を走っていたアボット嬢が乗る馬車と激突してしまう。

''I don’t die-I don’t fall in love “(P.110)
これは宇高さんの引用からです。
このせりふの前にフィリップはアボット嬢へ熱烈な告白ともとれる言葉を送っているにも関わらず「自分は恋をしない」と語っています。不器用な彼にとって恋愛という難しいものはとても理解しにくいのではないかと思いました。死と恋を並べているとても印象深い1文でした。

“The thing would jog out somehow. Probably Miss Abbot was right. The baby had better stop where it was loved. And that, probably, was what the fates had decreed. He felt little interest in the matter, and he was sure that he had no influence.”(P.112)
樫本さんの引用。
アボット嬢がフィリップの心を動かそうと話していても彼には響かないシーン。樫本さんの指摘では教会でのシーンの繰り返しがされてるとありました。私はそこで気づいてなるほどと感心しました。

“The baby-the baby-it slipped-it’s gone from my arms! I stole it!”(P.119)
巨島さんからの引用です。
馬車の衝突事故で赤ん坊が腕からすり抜けていなくなってしまったことに発狂するハリエットのせりふです。ここは自分で読んでいても不可解な部分でした。赤ん坊は人なのに''it''呼ばわりをするハリエット。アボット嬢やジーノのような赤ん坊への愛情は無くへリトン夫人の言いつけを遂行しようとするハリエットの性格が大きく表れているシーンだと感じます。


今回の講義では物語終盤で起こる衝撃的なシーンが中心でした。怒涛の展開で実際に読んでいて皆さんが1番ハラハラした箇所だと思います。赤ん坊を巡って大人達が様々な画策をしたり思い悩んだりするところが印象的です。
この後はいよいよクライマックスですがこの本の終わり方は自分自身後味がすっきりしないと考えています。
どの人物が悪いなど断定しにくいですし、話がどう傾けば丸く収まるのかもよく分からないです。しかし、このモヤモヤ感が逆に面白みをましているとも感じます。
皆さんはどうでしょうか。
来週は映像で『天使も踏むを恐れるところ』を観ます。
映像と原作の違いなども楽しめたらと思います。

===ここまで===

話を丸く収めないという小説の描き方もあります。そもそも「話を丸く収める」とはどういうことなのか、これにも様々な意見があるでしょう。映像版を観るときに、この点も念頭においていただければと思います。