2013年5月30日のゼミ日誌(第1期)

今回の日誌当番は梅木さんです。


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第三章の終わりでビーブが“I put it down to too much Beethoven.”と言っていることからビーブはルーシーがベートーヴェンを弾いている時は中産階級的なきどりを失いかけていると感じていると思われます。第四章では最初の“Lucy never knew her desires so clearly as after music.”というところからルーシーの心が敏感になっていることがわかります。unladylikeやmedieval ladyのようにレディーに関係した単語がよく出てくるのが特徴的です。他にも中世の詩が宮廷風恋愛だということやmirror stageという何か対照を見ることによって自分を見直すというようないくつかの特徴が表れています。


mirror stageは文学や発達心理学でよく見られる特徴です。本文の“Lucy does not stand for the medieval lady.”というところに関しては、このことを説明している部分は知識がないと理解しにくいようなまわりくどさがあり、この部分からE.M.フォースターは知識が豊富なブルームズベリーグループの一員であると感じさせられます。


“The whole world seemed pale and void of its original meaning.”のits original meaningとは中産階級的世界が元々持っている意味であると思われます。“He said imperiously”からはジョージが珍しく命令口調で感情を出しているのがわかり、感情が高ぶっているのはルーシーだけではないと考えられます。comradeshipという単語が出てくることからルーシーとジョージの間に友情は芽生え始めていることがわかります。また、最後の"I shall want to live,I say"というジョージのセリフのliveとは何なのかについて触れました。


〈感想〉
第三章の終わりや第四章の最初でルーシーの心が敏感になり、中産階級的なきどりを失いかけている状態が見られるので、ルーシーは育ち・知識・文化全てが中産階級的ではないとつくづく感じます。それに対して、レディーに関係した単語がよく出てくるということは中産階級的な意識があることの表れであると思いました。第四章での特徴について中世の詩に関しては初めて知ったので興味深くて、このことを知って本文を読んでみると知る前よりも書かれていることの意味がわかりました。


mirror stageは他の作品でも表れている特徴であり、フランケンシュタインではこの特徴がよく表れているというのを聞いて去年の英文学研究1の授業でフランケンシュタインについて発表した時のことを思い出してその通りだと思いました。他の作品でもこの特徴が表れている部分を探してみようと思います。
この章ではルーシーもジョージも感情が高ぶっているので激しい感情の動きが表わされている章であると感じました。最後の“I shall want to
live,I say”のliveについては初めに読んだ時はどういう意味なのか分からなかったが、授業で先生がジョージにとって生きるということは古い生活には戻らないということとほぼ同じなのではないかとおっしゃっているのを聞いて、少し意味がわかったような気がしました。


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今回は、イタリア人同士の事件に出くわしたルーシーとジョージが精神的に大きく揺らぐ場面を中心に読みましたね。海外に行くことによって自分の新たな面を発見するのは現在でも十分に起こりうることだと思いますが、ルーシーの場合と私たちの場合とで違いがあるとすれば、どんな違いでしょうね?


フォースターがmirror stageを意識して書いているとは思いにくいですが、私たちそれぞれにとってのmirror stageはどんな瞬間だったのかを振り返ってみるのも面白そうです。