10月23日のゼミブログ(第2期)

今回の日誌当番は長坂さんです。

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 前回で『わたしを離さないで』の章ごとのまとめが終わったので、10月23日のゼミでは、森下さん、羽藤さん、矢野さんの3人がカズオ・イシグロに関する文献や論文についての発表をしてくれました。

 まず、森下さんは「人間としての生き方を求めて―カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』―」という論文についてです。この論文は、作者であるイシグロが物語を通して人間の生き方や尊厳性をいかに提示しようとしているか、そう問題提起しています。そして、「自己認識」「遅らされた自己認識・喪失感」「愛と死の結びつき」の3つのポイントについて語られており、クローンという特殊な題材を用いる事によって、人間とは別の視点から人間の生き方を模索し、その存在の尊さと奥深さを訴えているのだと最後にまとめています。

 次に、羽藤さんが「カズオ・イシグロ〈日本〉と〈イギリス〉の間から」という文献について発表してくれました。人間とそうではないもの、「ふつう」とは一体何なのか、「私」という存在について作品内の言葉を引用し、分析。また、もしこの作品がハリウッドで映画化されていたら、きっとクローンたちが一致団結して自分たちの運命に抗うだろう(反抗しないのはおかしい)という意見もありました。『わたしを離さないで』では、クローンたちが自分たちの置かれた状況に反抗していない。このことについてイシグロ自身が「人がどれほど自分の運命を受け入れるのか」ということに興味を持っているのだと語っています。このように描かれた受動的な主人公たちは日本的であるとまとめられています。

 最後に、平井杏子著「カズオ・イシグロ―境界のない世界」についての矢野さんの発表です。この文献では、イシグロが『わたしを離さないで』を「もうひとつの現実」として描いていること、本格に執筆されるまでに構想を練り直し、時間をかけた作品であることがはじめに述べられていました。また、彼の従来の一人称の語り手が出てくる作品は信用できない語り手とされ、〈記憶の捏造〉という点に比重がかかっていましたが、この作品のキャシーの語りは〈記憶の価値〉という点に比重がかかっています。
 ポイントとして、「(イシグロの)三作品には共通する主題とモチーフが混在」、「社会から隔離された存在のヘールシャムとイシグロ」、「ヘールシャム=英国の主力な原子力ステーション?」、「ヘールシャムのすり鉢状の地形」が挙げられていました。

 【感想】
 卒業研究の役に立ちそうな文献が挙げられていたので、内容にとても興味を持てました。図書館にまだあるようなら、是非読んでみたいです。『わたしを離さないで』は特殊でありながらも現実味があるクローンという題材を用いていて、イシグロが意図して言葉を使う作家なので、こういった様々な切り口があり議論のしがいがある作品なのだなと改めて感じました。

===ここまで===

既に話していたことと重なることもあれば、新たな発見もあり…で、みんなで論文を読んで意見交換するのも楽しかったですね。NLMGはディスカッションする話題が尽きない、あらためてそう思いました。